2017/02/21
Column
日本固有のぶどう品種「甲州種」からみた、日本ワインの歴史
日本を代表するワイン用ぶどう品種として、今、世界から注目を集めている甲州種。甲州種の栽培がはじまったのは718年とも1186年ともいわれるほど、その歴史は長いものです。食用からはじまり、やがてワインへと進化した甲州種が辿った、日本のワイン造りの歴史を繙いてみましょう。
はるか古代にまで遡る「甲州種」
甲州種といえば、雨宮勘解由伝説がよく知られています。
平安時代末期(最近では鎌倉時代初期と分類されることも)の文治二(1186)年、甲斐国八代郡祝村(現在の上岩崎あたり)に住む雨宮勘解由という人物が、山道でみつけた珍しい蔓草を持ち帰って育てたところ、数年後には良質なぶどうが実るようになり、これが現在の甲州種となった——という、起源説です。
また、これより古い起源説もあり、それによれば、雨宮勘解由を遡ることおよそ500年、奈良時代に活躍した高僧行基が修業中の夢枕に薬師如来が立った、というもの。薬師如来は通常、薬の入った小壺を手にしているところが、何故かその夢の中ではぶどうを持っていたそうです。その姿が気にかかった行基は、これを木像にしてお祀りし、ぶどうを含む薬園を拓いて民衆を救いました。この時に栽培されたぶどうが甲州種となった——という物語です。
謎に満ちた甲州種の歴史
甲州種の意外なルーツ
ぶどうには大別して、欧州系のヴィティス・ヴィニフェラ種、北米系のヴィティス・ラブルスカ種の二系統があります。このうち、ワインに適しているといわれているのが、旨味の素となる皮が厚く、甘味と酸味の調和がとれ、複雑な味わいを演出しやすいヴィティス・ヴィニフェラ種。「甲州種」も、このヴィティス・ヴィニフェラ種に属しています。ぶどう品種の解析にかけては世界的に有名なカリフォルニア大学デービス校ファンデーション・プラント・サーヴィスの分析でも、甲州種は欧州種の中でも中国の「竜眼」などに近い東洋系欧州種に属し、欧州ぶどうと中国の野生ぶどうの交配種が、さらに欧州ぶどうと交配して誕生したらしい、と報告されています。
ヨーロッパにルーツを持つヴィティス・ヴィニフェラ種ぶどうが、どうして奈良平安の昔から、それも都から遠い甲斐国にあったのか?この歴史のミステリーに、まだ明確な解答はありません。
日本的ぶどう品種から造られる「日本ならではのワイン」
カベルネ・ソーヴィニョンやシャルドネなど、世界中で栽培されているワイン用のぶどうを「国際品種」と呼ぶのに対し、それぞれの国や地域における地域性の高いぶどうを「固有品種」「在来品種」などと呼びます。
現在では山梨県以外でも栽培されている甲州種は、日本を代表する固有品種といえるでしょう。この他日本の在来品種としては、山ぶどうや巨峰、他の国では生食されることがほとんどで、あまりワインには用いられないマスカット・ベーリーA、ナイアガラなどがあげられます。
日本では長年にわたり、ぶどうはもっぱら生食されてきました。
本格的にワイン造りがはじめられるのは、明治初年のこと。乾燥した気候を好むワイン用ぶどうに対し、「湿潤な気候」というハンディとなる条件を抱えながらも、生産者は100年以上にもわたって研鑽を積み重ね、秀逸なワインを志向しつづけてきました。
近年、世界的なコンクールにおいて日本ワインが高く評価されるなど、驚くほどの進化を見せている背景には、甲州種、デラウェア、ナイアガラ、マスカット・ベーリーAなど、他の国にではあまりワイン造りに使用されることのないぶどうを用いて、独自性の高い「日本的ワイン」が造られることが、一因と考えられます。
さまざまなバリエーションを生む、奥深い「甲州種」の魅力
甲州種の果実は、優しい印象の薄桃色。酸味は弱めで、独特のふくよかさのあるたおやかな味わいは、従来、軽めの白ワインに仕上げられるのが一般的でした。
しかし、たとえば昼夜寒暖差のある標高の高い畑で育てられたしたたかな酸ある甲州種は、力強い辛口や、樽香を纏わせた重厚な白ワインにもなり得ます。
また、果皮のニュアンスを引き立てれば、ロゼともまた違う、淡い美しさをもつチャーミングなワインにもなります。
こうした、控えめながら多様な、繊細ながらしたたかな魅力が、世界のワインファンを引きつけてやまないようです。
通常リーデルでは、甲州種のワインには軽やかな白ワインに適した『ソーヴィニヨン・ブラン』グラスをおすすめしています。
2010年にOIV(国際ブドウ・ワイン機構)のふどう品種リストにも登録された甲州種は、リーデルグラスカタログの品種適合表にもKoshuとして正式に掲載されています。
しかし、今日さまざまなスタイルを有する甲州種のワインのこと。さまざまなグラスを用いて飲み比べてみるのも、一興かもしれません。
Author: 高山 宗東