2016/11/02
Column
ボジョレー・ヌーボーだけではない、新酒の祭
新酒のお祭りといえば、なんといっても毎年11月の第三木曜日に開催されるボジョレー・ヌーボーのイベントが有名ですが、この祭をおこなっているのはボジョレーだけではありません。
たとえばイタリアでは、各地で新酒を楽しむ「ノヴェッロ」のお祭りが開催されます。2011年までは11月6日が解禁日と決まっていましたが、2012年以降は10月30日となりました。
なぜ新酒が嬉しいのか?
ワインスノッブの中には、「ヌーボーなどの品種なんて、ワインとしては本格派ではない」という意見を持つひともいます。
また、ヨーロッパではしばしば「ワインは水代わり」といわれますが、本当に水のようにワインを飲んでいるわけではありません。
「本格派ワイン」と「水」——新酒のお祭りには、このふたつのキーワードにまつわる歴史が濃密に絡んでいるのです。
「ワインは水代わり」の真実
庄屋さんにイノウエさんが多い理由
日本では、村や町を拓く際にはまず井戸を掘りました。人間が生きてゆくためには、水分を確保することが何よりも大切だからです。
ゆえに、名主や庄屋など村を束ねる役割を負っていた旧家には、井上、井口、関口、樋口など、井戸や水源を押さえるという意味をもつ苗字が多いのです。しかしこれは、日本という国が、世界でも稀なほど伏流水・地下水脈に恵まれているからに他なりません。
ヨーロッパでは、ほとんどの土地は石灰岩盤の上にあるため、井戸を掘っても純良な飲料水を確保することは難しく、多くは石灰水しか確保できません。
石灰臭く、塩っぱいだけならまだしも、石灰の影響を受けた水を長く飲み続けると、体の下方に石灰が溜まり、足首が太く腫れる象足病になり、悪くすると歩くことさえ困難になります。
そうした、ヨーロッパにおける水分確保の難題をいち早く解決したのが、地中海世界を広範囲にわたって席捲した古代ローマ帝国です。
ローマ軍は、新たな土地を侵略すると、そこに駐屯しながら、必ずといってよいほどぶどうの樹を植えました。ぶどうを収穫してワインに醸し、一年分の水分を賄ったのです。例えば「ロマネ・コンティ」の「ロマネ」も、「ローマ起源」というほどの意味。ワインの産地には、こうしたローマ軍の元駐屯地が存外多いのです。
ぶどうは水捌けの良い痩地と相性が良く、比較的簡単に定着して繁茂します。つまり、ぶどうの樹は、乾いた土地から水分を抽出する「井戸」みたいなもの。そのうえ、石灰分まできちんと濾してくれる「濾過装置」まで付いている優れモノ。ローマ時代の後も、葡萄生育圏内のヨーロッパ人たちは、村を拓けば必ずといってよいほどぶどうの樹を植えました。こうしてヨーロッパにおいては、ワインと生活とは切っても切り離せない関係になり、「ワインは水代わり」などとも言われるようになったのです。
かつてのワインのほとんどは、一年保たなかった
現在、ワインというと、ヴィンテージのイメージがつきまといます。
極上の赤ワインの飲み頃は、20〜30年後——などといわれますが、醸造技術も未熟で、保存容器の密閉性も低かった昔のワインは、一年も経つと酸化が進み、異臭のする酸っぱい味になってしまうものが大半でした。
もちろん中には、長期の熟成に耐えるワインもあったでしょうが、現在のようなスタイルのワインができるまでには、16世紀頃に密閉性の高いボトルやコルクが採用され、近代に入ってパスツールが滅菌法を知らしめるなど、長い歴史を必要としました。
つまり、近代以前は、毎年秋の末頃になると、水代わりのワインは、鼻を摘みながら無理矢理流し込んで咽喉の渇きを癒していたのでしょう。
そんな時、絞りたて、発酵したてのフレッシュな新酒が解禁されたら、どれほど美味しく感じたことでしょう。新酒を飲むことが当時の人びとにとって、お祭り騒ぎをするほど嬉しかったであろうことは、想像に難くありません。
歴史を想うと、新酒がより美味しくなる
そんな歴史的背景を鑑みながら飲むと、新酒の味わいもまた格別。
アルゼンチンやチリなどの南半球のワイン産地では、ちょうど対極の春に新酒の祭が開催されます。
現代人は幸せなことに、二度も新酒のお祭りを堪能することができるわけで、これもグローバル化のお蔭様々、というところでしょうか。
Author: 高山 宗東