2017/07/26
Column
ワインの歴史を感じる、グルジア(ジョージア)ワインの味わい
グルジアという名でも知られるジョージアは、一説に世界最古ともいわれるワイン生産地。
グルジアとジョージアはどちらが正しい?などと考えながら、ワインの歴史と特徴をご紹介いたします。
8000年の歴史を持つ「世界最古の産地」
古代からシルクロードの要衝として栄えたグルジア(ジョージア)は、8000年もの歴史をもつ「世界最古のワイン産地」のひとつ。
また、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス山脈南麓一帯は「ぶどうという果物の原産地」ともいわれています。
テロワールのほとんどが大陸性気候。赤のサペラヴィ種、白のムツヴァネ種など、独自のぶどう品種は400種類以上にものぼります。
グルジア(ジョージア)ワインの魅力とは
絶世の美女をも魅了した「クレオパトラの涙」
流石は8000年の歴史を誇るだけあって、今をさかのぼることおよそ2000年前にはすでに、グルジア(ジョージア)産のワインはすでにブランドと化しており、世界各国に運ばれていたそうです。
その味わいに魅了されたひとりが、当時のエジプト女王クレオパトラ7世。(小)ポンペイウス、カエサル、アントニウスと、相手国の権力者を次々と手玉にとりながら、ローマ帝国の圧力をしたたかにかわし、権力の権化のようにふるまった彼女でしたが、実際は政権を維持する不安を抱え、プトレマイオス朝の将来を独り憂うさびしき女性で、グルジア(ジョージ)ワインを傾けながら涙することもしばしばだったとか。
ゆえに人びとは、グルジア(ジョージア)ワインを「クレオパトラの涙」と呼んだ――と、これは現地ではお馴染みのグルジア(ジョージア)ワイン伝説です。
古代のグルジア(ジョージア)ワインの味わいは?
クレオパトラが飲んだグルジア(ジョージア)ワインは、どのような味わいだったのでしょうか?
どうやらそれは、果実味たっぷり、甘口に仕上げられたスタイルだったようです。現代では、辛口が好まれる傾向がありますが、果実の芳醇さを豊かにたたえたワインは、古代、中世、近世そして近代にいたっても、高貴な人びとのみが堪能し得た、贅沢な飲み物だったです。
グルジア(ジョージア)においても、高級品の多くは甘く仕上げられたワインでした。ソビエト統治下においても、甘く濃い味を好むロシアの風習に従って、極めて甘味の強いワインが造られていた、といいます。
ワイン産地としての飛躍はロシアとの国交断絶がきっかけ
2008年、グルジア(ジョージア)は南オセチアをめぐってロシアと対立。事態はやがて、軍事衝突にまで発展してしまいます。
この時、両国間では外交関係が断絶し、ロシア政府はグルジア(ジョージア)ワインの輸入を厳しく禁止しました(2013年まで)。
とはいえ、人生万事塞翁が馬。この結果、輸出のほとんどをロシアに頼り切っていた姿勢が見直され、グルジア(ジョージア)では国際市場を視野においたワイン醸造がなされるようになったのです。
当然の結果として、辛口ワインがたくさん造られるようになり、現在ではグルジア(ジョージア)は、辛口で食事によく合う、プレミアムワインの産地として認識されるようになったのです。
グルジア?ジョージア?
こうした歴史が、国名呼称には深く関わっています。
2008年にロシアと武力衝突した旧グルジア政府は、その翌年からロシア語に由来する「グルジア」という国名呼称を、英語由来の「ジョージア」に変更するよう各国に要請しました。
そもそも、国連加盟国の大多数は、英語由来の「ジョージア」という国名で呼称していて、ロシア語由来の「グルジア」を採用している方が少数派。旧ソ連の各国と、中国、韓国、そして日本くらいであったそうです。
そうした背景を得て、ようやく日本でも、 2015年4月14日に「グルジア」の呼称を「ジョージア」と改める法律が成立しました。
とはいえこれは、あくまでも呼び名。現地の言葉での正式名称は、実は「サカルトベロ」なのです。つまり現地の人びとは、自分たちのことをサカルトベロ人、と思っているわけです。
まあ私たちの日本も、海外からは「ジャパン」とか「ハポン」などと呼ばれることがほとんど。グルジアでも、ジョージアでも、ワインの美味しさに、あまり変わりはないのかもしれません。