2013/08/27
Column
エーデルワインとベリンジャーと修道士 時空を超えて紡がれるワインの試行錯誤 〜ワイナート連載後記〜
今回、エーデルワインさんへお伺いして感じたのは、ワイン造りにおける試行錯誤。
もちろん、すべての生産者が年ごとに変わる天候やブドウの出来具合による醸造方法の選択に、確固たる自信とどうにも捨て去ることのできない不安の両方を抱きながら、毎年納得できるワインを造るべく努力されていることと思います。
今回は、そんな造り手の <試行錯誤> をテーマに綴った連載後記です。
永遠の命を実現する「プロヴィナージュ」というブドウ樹の繁殖方法
「プロヴィナージュ」という言葉をきいて「秋華賞」を思い浮かべた方は相当の競馬好きかもしれませんが、ワインの世界では「ブドウ樹の繁殖方法のひとつ」もしくは「六本木の秀逸なワインバーの店名」という意味合いが主流です。
前者としての「プロヴィナージュ」は、特にブルゴーニュで伝統的に行われていたブドウ樹の繁殖法で、ざっくりとまとめてしまうと、親木から伸びた枝を土に埋める(先端は地上に出す)と、その枝から根が、枝の先端から新芽が出る。この新芽が育って次の世代の親木となり、これを繰り返すことで、優秀なブドウ樹の遺伝子が途切れることなく受け継がれていきます。
この繁殖方法は、親木と全く同じ遺伝子の子木が生まれるのが特徴。
雌雄の遺伝子を掛け合わせて新しい遺伝子をもつ子木となる有性生殖ではないので、理論上、親木の遺伝子は永遠に時を超えて生き続けます。
この「永遠の命をもつブドウ樹」から収穫されたブドウからできるワインこそ「キリストの血」にふさわしい液体です。
とくに修道士たちにとって、ブドウ樹が体現する「永遠の命」にキリストの姿が投影されていたのでしょう。
平均寿命30才弱!? 修道士の試行錯誤・・・クロ・ド・ヴージョ
ブルゴーニュワインの歴史と修道院とは、切っても切れない深い繋がりがあります。
「クロ・ド・ヴージョ」もその関係性の中から生まれた畑のひとつです。
シトー派修道院によって拓かれたこの畑は、今では80を超える生産者によって細分所有されていますが、かつては50haほどの畑を修道院が単独所有していました。
当時の修道士の平均寿命が28才ダッタという話を聞いたことがありますが、その労働の中心は葡萄畑でのもので、厳しく律せられた日々での肉体労働でだったのではないかと推量される数字です。
この畑で有名なのは、ブドウの出来具合によって「教皇の畑」「王の畑」「修道士の畑」と区別されていたことです。
ブドウは1年に一度しか収穫ができません。ブドウを育て収穫して醸造するという経験を積むことは、1年に1回、10年で10回しかできないのです。
長い年月、いく世代にもわたって継続される試行錯誤の蓄積によって、当時の修道士たちも区画によるブドウの品質の違いをしっかりと把握することができたのですね。
ベリンジャー・・・現代の修道士たち
リーデルのグラス・テイスティング・セミナーでも使用することがある、カリフォルニアを代表するワイナリーのひとつ「ベリンジャー」。
その安定したフードフレンドリーな品質と、ブドウ品種のキャラクターをわかりやすく表現するワインメイキングには定評がありますが、あまり知られていないのが「ワイン醸造やぶどう栽培に関する継続的なリサーチと研究」をかなりの規模で実施しているということ。
「クロ・ド・ヴージョ」で修道士たちが実践していた試行錯誤を、現代のテクノロジーも駆使しつつ、より大規模に行っているのです。彼らは現代の修道士たちと言えるのかもしれません。
原因と結果の相関関係・・・違いを知るためには「変数はひとつ」
クローンの種類、栽培方法、土壌、天候、ミクロクリマ、醸造方法、ブレンド比率・・・ワインの品質を左右する影響要素はたくさんあります。
その中で、どの要素がどのような結果をもたらす要因となっているかを調べるには、調査対象となる要素”以外”を全く同じ条件に整えた上で、対象要素のみを変化させることが必要です。
もし畑の土壌の特徴を識るためには、同じ生産者、同じヴィンテージ、もちろん同じブドウ、同じ栽培方法、同じ醸造方法、そしてブドウの栽培区画だけが異なるワインで比較することが必要です。
「変数をひとつに絞る」ことで初めて、その要素がワインにどんな影響をもたらしたのかを把握することができるのです。
それでも、すべての要素をリサーチするには、膨大な数のサンプルが必要になります。
限られた原料(ブドウ)で、リサーチサンプルにも自ずと限界が出るのは必然です。
ベリンジャーでは、そのリサーチサンプルとなるワインを、とても小さい容器で醸造しています。
実際に見た人に聞いたところ、それはまるでラーメン屋の寸胴のようだったそうです。
ラーメン屋の寸胴が100個も並ぶベリンジャーのワインリサーチの現場
実際にラーメン屋の寸胴ではないのですがイメージは近いそうです。
それぞれの寸胴には、クローン違い、区画違い、ブドウ樹の仕立て違い、醸造方法違いなどなど、ありとあらゆるパターン違いのワインが仕込まれています。
これらを比較検討しデータを蓄積することで、ワイン造りでどの要素がどんな影響をワインにもたらしているのかをリサーチしているのです。
ここまで徹底するのはアメリカらしいと言えるのかもしれませんが、規模こそ違え、やっていることの本質は12−14世紀の修道士たちが行っていたことと同じなのでしょう。
人間だもの・・・データを無視する最先端のワインメーカー
ただ、人間というのは不思議な生き物です。ここまでの膨大なデータの蓄積をもちながら、究極の貴腐ブドウを収穫するために収穫を極限まで遅らせ、収穫直前の長雨でブドウをすべて失ってしまう人間もいるのです。
ベリンジャーでのワインリサーチに深く関わり、ワイン造りのあらゆるデータに精通するロジャー・ハリソン氏。
7月に行われたリーデル・テイスティング・ラボでは彼をお迎えして、ハリソン氏のファミリーブランドの貴腐ワインを堪能しました。
データの蓄積によるワイン造りを極めるリサーチワインメーカーが、自らのプライベートブランドでは、空模様とにらめっこしながら、時にはすべてのブドウを失ってしまうようなリスクに挑むワイン造りをしているというのも面白いですね。
岩手大迫にどんなブドウ品種があうのか・・・エーデルワインの試行錯誤
今回のミニワークショップにも参加していただいた高畑常務に伺ったところ、エーデルワインで今まで試したブドウ品種は約40種類にものぼるそうです。
エーデルワインは、昭和22年、23年と続けてこの地を襲った台風で崩壊した大迫町復興事業として、時の國分知事の肝いりで興されたワイナリーです。
連載第1弾に登場した岩の原葡萄園も、厳しい雪国での産業振興を目的として川上善平衛氏が起こしたワイナリーでしたが、両ワイナリーに共通するのは、ワイン作りに適した環境で自然発生的に始められたワイン造りではないだけに、克服しなければならない課題を抱えてのワイン作りであること。
そのための試行錯誤は、エーデルワインの名が誕生した1963年から50年、遡って大迫村の徳太郎氏が葡萄苗を30本購入した1879年から134年もの期間、大迫の地で続けられてきたのです。
エーデルワインとエーデルワイス・・・そしてツヴァイゲルト
そんなエーデルワインからは、2人の醸造家がオーストリアに武者修行にいくほど、かの国との繋がりが深いのですが、その理由はワイナリーの後方にそびえる早池峰山にさくウスユキソウ。
エーデルワイスに大変よく似ていることから、オーストリアの山の街ベルンドルフ市と大迫の姉妹都市を結んでいます。
オーストリアでワイン造りを学んだおひとりの高橋喜和氏は試験的にグリューナーフェルトリーナーの栽培を始めるそうです。
オーストリア固有品種で、オーストリア政府が長らく輸出を認めてこなかったグリューナーフェルトリーナーの入手が可能になったのも、そんな両村の深い関係に根ざしているのでしょう。そしてオーストリアを代表する黒ブドウ品種 ツヴァイゲルト が今回のテーマ。
さぁ、選ばれた3種類のグラスは、ワインのどんな表情をとらえることができたのか。
<ハヤチネゼーレ ツヴァイゲルトレーゼ 2009>「生産者も身震いする」ような出来映え。それぞれのグラスの印象は・・・
凝縮した黒い果実の香り
まだ若く、樽の香りも明瞭に感じられ
ピアノの高音をピーンと弾いたような緊張感のある酸と
余韻にしっかりと顔を出す引き締まったミネラル感が
全体の印象を静かな緊張感へと導きます
今回ミニ・ワークショップに参加していただいたのは、高畑常務と製造部の行川さん、伊藤さん。
<ヴィノム> シラーズ/シラー(#6416/30)
開口一番、高畑さんから出たコメントが、
「もっともストレートにツヴァイゲルトらしさを感じる」。
まさにワークショップの指標になる「そのブドウ品種らしさ」ですね。
確かに、2009年というヴィンテージを反映しての、深く凝縮した黒い果実の香りに、甘みのあるスパイシーなニュアンス、土っぽさをしっかりと感じ取ることができました。
若さからか、樽の香りが強く出ていたり、各要素がまだこなれていずにそれぞれの主張が強かったのですが、ポテンシャルの大きさを感じさせてくれます。
将来が楽しみな印象です。
輪郭はっきり、ピントがあって、多少強すぎるきらいはあるものの、レンブラントの「夜警」のように、写実性がありながら光の陰影によるドラマチックな表現がじんわりと感じられるワインとグラスの組み合わせです。
<ソムリエ> ティント・レセルバ(#4400/31)
方向性としては、前述の <ヴィノム> シラーズ/シラー に近いですね。
ただ、全体にとても柔らかいです。
飲み口の口径はそれほど違わないのですが、飲み口に至るまでのシェイプがアロマの印象を大きく左右します。
全体に霞がかったように柔らかい、個々の香りの要素がふんわりと花を包むような印象で、逆に樽香も程よく和らぎ、今の段階では大変心地よく感じられました。
シラーズ・グラスでの印象をレンブラントとしたら、このグラスでの印象はモネの睡蓮でしょうか。
<ヴィノム> ピノ・ノワール(#6416/7)
前の2つのグラスとははっきりと異なる印象です。
中心に黒系果実の存在をはっきりと認識しつつも、全体を覆い包むのは赤系果実の明るい雰囲気。果実系のアロマの存在感が非常に大きく感じるグラスです。
雲のない青空から降りそそぐ太陽の光に照らされた早春の早池峰山を臨むように、冬の名残を感じつつも、これからやってくる春の日々を感じさせてくれるツヴァイゲルトレーゼになりました。
このグラス特有の舌上での流れのパターンによって、雪解け水の清冽さを思わせる酸味とミネラルが果実味に包み込まれます。
このワインの、より明るい表情を感じさせてくれるグラスとして選ばれました。
ワイナート9月号が間もなく発売です(9/5予定)
第3弾の「日本ワインでグラスマッチング 熊本ワイン・ナイアガラ編」が掲載されます。
本連載では <岩の原葡萄園・マスカット・ベーリー・A> <エーデルワイン・ツヴァイゲルトレーベ> と赤ワインが続きましたが、3回目はナイアガラを選びました。
いったいどんなグラスが選ばれたのか、ぜひ本誌の記事をご期待ください。