2015/03/05
Column
これぞ「自然派ワイン」造りも造り手も自然体 ガチョウが草をついばむ「齊藤ぶどう園」
目次
- 1 齊藤ぶどう園のワインづくり 3つのこだわり
- 2 「自然派ワイン」を理解するために。2つの「ビオ・ワイン」とは?
- 3 サンゴはなぜ満月の夜に産卵するのか?
- 4 自分のためのワイン造りこそ、究極の「自然派ワイン」の出発点
1) 齊藤ぶどう園のワインづくり 3つのこだわり
ワイナートの「日本ワインでグラスマッチング」記事の取材で、千葉県横芝にある「齊藤ぶどう園」さんへ行ってまいりました。千葉県で唯一のワイナリーです。
園主の齊藤貞夫さんは80歳を超えても大変お元気で、畑仕事から醸造まで、すべて手作業で行われています。
化学肥料は一切使わず、「稲わらと合鴨の糞から出来た完熟堆肥」「もみ殻」「牡蠣殻」「ライ麦(緑肥)」などの有機肥料のみを長年使ってきたことで、健全な土壌でブドウが育てられています。
畑には12羽のガチョウが放し飼いにされ、地表の雑草はもちろん、地中にしっかりと残る根っこまでついばんでいます。
齊藤さんのワインづくりにおけるこだわりは大きく3つ。
- 化学肥料を一切使わず、有機肥料のみを使った土づくり
- 除草剤を一切使わず、ガチョウによる雑草や害虫退治
- 無添加、無濾過、生詰め、の3原則をすべて手作業で行う
2)「自然派ワイン」を理解するために。2つの「ビオ・ワイン」とは?
上記3つのこだわりを見れば、齊藤ぶどう園はもう立派な「自然派ワイン」のつくり手なのですが、齊藤さん自体、この言葉には全く頓着されていませんでした。
この「自然派ワイン」「ビオ・ワイン」という言葉、改めて考えてみたいと思います。
大橋健一氏の『自然派ワイン』(柴田書店)は、初版から10年以上が経ちますが、自然派ワイン、ことに「ビオディナミ」という考え方を理解する上で大変参考になる名著です。この中で大橋氏はワイン作りの具体例を交えながら、自然派ワインについて紐解かれています。
その前提として、大橋氏は「ビオ・ワイン」を2つのカテゴリーに分類しています。
<ビオロジック・ワイン>
有機農法によって栽培されたブドウ果実を使用して生産されたワイン
(「有機農産物とは先述の通り化学合成農薬等の使用はいっさい認められておらず、堆肥などによる土づくりを徹底した結果収穫される農作物」前掲書P29より)
<ビオディナミック・ワイン>
旧オーストリア帝国出身の人智学者ルドルフ・シュタイナー氏の提唱した農法で栽培されたブドウ果実を使用し、生産されたワイン
一方で大橋氏はこうも付け加えています。
「シュタイナー農法(日本語では「生力学農法」と訳します)を採る生産者はワインづくりにおいて、確実に、そして深く、様々な惑星や黄道宮との相関関係を考慮に入れています。(中略)それらを特に考慮に入れた農法がビオディナミなのではなく、ブドウ樹を取り巻く環境を広く見直し、その効用を正しく理解、応用して実践する農法がビオディナミなのです」(前掲書P49)
「ビオディナミ」は、ワイナリーをひとつの生命体として捉えつつ、その生命体をさらに大きな世界の中の一部として考え、いかにその生命体が健康でいられるかを考えてゆきます。その視点は、足元の土壌に潜む微生物、ワイナリー周辺の地形などが生む微気候、そして潮の満ち引きにまで影響をもたらす月をはじめとする天体の運行状況にまで及びます。その考え方こそが「ビオディナミ」という哲学なのです。
長い年月を経て現在に受け継がれてきた自然の摂理。そこには極めて理屈に合った因果関係がそこかしこに潜んでいるのかもしれません。
「サンゴの産卵」は、そんな自然の合理性を、私たちに垣間見せてくれます。
3)サンゴはなぜ満月の夜に産卵するのか?
サンゴは日中に光合成を行うため、海底まで日光が届く浅瀬に生息しています。逆にこのことが「子孫を残すための産卵」では大きなデメリットになります。
水深が浅ければ、産卵時に卵が広範囲に拡散される可能性は低くなるのです。
現役世代が生き延びるためには好条件である浅瀬という環境が、子孫を残すという目的にはデメリットとなってしまう。このデメリットを最小限に留めているのが、「満月の夜」という「産卵のタイミング」なのです。
満月の前後数日は、地球と月の位置関係の影響から、潮の干満の差が大きくなります。
満潮時には最も海水面が上がる大潮となり、サンゴが生息する浅瀬でも、最も深水が深くなる日なのです。深水が深くなり、潮が引く時の力も大きくなれば、海中に産み落とされたサンゴの卵が、より広い範囲へと運ばれる可能性が高くなるわけです。
こんな生命誕生風景にも、天体の配置がもたらす自然の摂理はしっかりと働いているのです。
「ビオディナミ」のひとつの側面であるビオディナミ・カレンダーに基づいたワイナリー運営にも、先人達が見出した自然の摂理が反映されているのかもしれません。
4)自分のためのワイン造りこそ、究極の自然派ワインの出発点
毎日、自ら足を運ぶ畑でブドウを育て、そこで収穫されたブドウを、添加物を一切加えずに手作業で醸す。
ワインだけではなく、その環境にも自然と思いは及ぶはずです。
化学肥料や除草剤を使わないことは自然の流れ。
「無添加」「無濾過」「生詰め」の3原則で仕込まれる「先ずは自分のため」の生ブドウ酒。
自分が飲みたいと思うぶどう酒をつくり、それを美味しいと感じた人が飲んでくれればいい。
これほどナチュラルな自然派ワインはないのかもしれません。
貞夫さんのお孫さんである雅子さんもワインづくりに徐々に参画されています。まさに、ワイナリーがひとつの運命共同体である家族で営まれているわけです。
滞在中に印象に残ったのは、雅子さんが「自然派」という言葉に示した反応です。
「堆肥の使用も、ガチョウの放し飼いも、全て良かれと思って取り入れてきたことが、結果的に「自然派」というカテゴリーに含まれるようなものだっただけ。そこを目指しての「自然派ワイン」ではない・・・」 という趣旨のことを語ってくれました。
この素晴らしいぶどう酒が次世代にも受け継がれつつ、新しい感性が加わることで、さらに磨きのかかった「自然体」になってゆくのを、楽しみにしています。