復活した江戸前鮨がワインと対峙
銀座に江戸前鮨の「からく」がオープンして今年で29年。鮨とワインのペアリングが楽しめる先進の食文化を発信し、今では世界の食通が訪れる名店の一つとなった。鮨とワインのおもてなしの極意を探った。
江戸前鮨を追究
「江戸前鮨の歴史を紐解くと、ルーツは江戸時代に遡ることがわかります。当時は冷蔵庫もありませんし、氷も簡単に手に入らない。江戸前鮨は酢や塩を使った保存食でもありました。マグロの漬けなどはそのいい例です。鮨屋は魚の目利き、鮮度が命という風潮は戦後、冷蔵庫や製氷技術が発達してからのことです。それを否定はしませんが、私は本来の江戸前鮨に向き合い、いいものは復活させたいと思い研究してきました」と創業者の戸川基成(きみなり)さん。
帝国ホテルで修業を積み、洗練された江戸前鮨についてもよく知る料理人だ。江戸前鮨を追究することに熱心だった一方で、お店で提供するドリンク類には、最初はそれ程こだわりがなかったという。
「当初はビールと少し上質の日本酒くらいでした。ワインをそろえたきっかけは、ある常連のお客さまがワインを持ち込んだことです。当初はワイングラスの用意もなくて、困ったことを覚えています」と当時を振り返る。向学心が旺盛な戸川氏は、50代になってからワインスクールに通い始め、WSETの国際資格を取得。
さらに、週末は有名なソムリエの方々を講師に招いて、ワインと鮨の研究会を自主開催する熱中ぶり。あっという間に鮨とワインが好きなお客さんが多く訪れる店となった。
鮨とワインとグラスの関係
ワインを提供する鮨屋は全国にある。しかし「なぜ鮨にワインが合うのだろうか?」その疑問に明快に答えてくれる店は数少ない。しかし戸川氏は鮨職人としての知識と経験をもとに、鮨の持つ味わいの要素をワインと共通する要素や反発する要素を、明確に分類・整理した。
そうすることで相性のいい新たなマリアージュが組み立てられ、鮨とワインを一緒に美味しく提供できるようになった。
「握り鮨はネタがいろいろなので、1本のワインで通すのは難しい。そこで鮨とワインのペアリングコースを考えました。鮨ネタ6〜8種に、ワインも同じ数だけグラスで提供します。例えば1杯目がシャンパーニュなら、サヨリや鯵(あじ)の握りを出す。ワインのミネラルやドサージュの甘さ、寿司の生姜の香りなどお互いが引き立て合うからです。白ワインでも、魚の種類や季節によってはシャブリを出す場合もあれば、ムルソーを選ぶこともあります。ペアリングコースでは終盤にマデイラワインを出しますが、握りは鰻や穴子にすることが多いですね。醤油やみりん、煮詰めなどの香りや甘味と素晴らしいハーモニーを奏でます」
「からく」では、提供するワインのセレクションはもちろん、ワインにふさわしいグラスを新たにそろえた。それが「リーデル」の〈ヴィノム シリーズ〉と〈ヴェリタス シリーズ〉だ。
「ワインを学ぶと、グラスの重要性に気付かされます。ワインのタイプや品種によってグラスを使い分けることで、ワインも鮨もより美味しく味わっていただくことができる。ペアリングコースではお客さま1人当たり6〜8脚使うこともあるので、ワイングラスはいくらあっても足りません」と戸川氏は笑顔で話す。
ワイングラスは機能性
カウンターの後ろにはシャンパーニュの「アンリオ」のマグナムボトルがずらりと並び、2台のセラーの上にはブルゴーニュのグラン・クリュが置いてある。まるでワインバーに来たような錯覚に陥る。さらに壁に取り付けられた吊り戸棚は、リーデルのワイングラスですべて埋まっている。フレンチレストランにも引けを取らないこだわりようだ。これも戸川氏自身がワイングラスの機能性を理解しているからだ。
「ワイングラスは、味わいを引き出す機能性があるかどうかが重要です。いろいろなメーカーのワイングラスを試しましたが、最終的にリーデルのグラスを選びました。ブドウの個性を際立たせてくれるので、お客さまにも満足していただいています。一切の無駄がないシンプルなデザインで、機能性も確かですから」
ワインと鮨をいかに美味しく味わってもらえるかを追究するからこそ、ワイングラスの機能性にもこだわりをみせる。ワインに合うグラスを考えて提供するのは、おもてなしの心と、ワインを慈しむ戸川氏の熱い思いの表れでもある。グラスの向こうにワインを心から愛する人の思いがさり気なく伝わってくる、それが名店と評価され、高い人気を誇っている理由に違いない。